発達障害のある大学生にとっての「合理的配慮」と親にできること
- ConnectU
- 6月17日
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発達障害と環境
発達障害の多くの困りごとは、生まれ持った特徴・特性が、世の中の多数派の考え方やルール、行動様式とマッチしにくい、つまり「ズレ」があることにより生じると言えます。
この環境との「ズレ」があるからこそ、生活や学業での苦労が生じます。
大学生活の中でも、履修登録をする、先生や同級生とコミュニケーションを取る、締め切りまでにレポートを提出する、試験を受ける、発表資料をまとめてゼミで発表する、就職活動を進める――こうした一つひとつの場面において、「環境」との「ズレ」が存在しえます。
例えば、履修登録は、多くの場合、「学生が自分で講義内容、必修科目、進級要件、無理なく履修できるコマ数を確認し、期限までに登録できる」ことを前提に設計されています。つまり、履修登録のシステム自体が、ある程度の見通しを立て、複数の条件を整理し、自分で判断できることを前提とした「環境」になっているのです。
多くの学生にとっては、この仕組み(=環境)は大きな問題ではないかもしれません。しかし、「複数のことを並行して考慮することが苦手な特性のある学生」、「見通しを上手に立てるのが苦手な特性のある学生」、「分からないことがあっても相談することが難しい学生」たちにとってはどうでしょうか。この仕組み(=環境)は大きな負担になるかもしれません。やるべきことが定まらず、相談もできないまま履修登録の期限を過ぎてしまった、という学生もでてくるでしょう。
はたから見ていると、履修登録を期限までにやらない学生は、怠慢ややる気がないように見えるかもしれません。しかし、発達障害のある学生の場合、ここで見てきたように、その困りごとは、単に「努力が足りない」「やる気がない」という言葉では説明できません。
発達障害の「特性」と「環境」には大きな関係性があるのです。

「合理的配慮」と「環境」
障害を理由とする差別の解消を目的とした「障害者差別解消法」では、障害のある人から社会的なバリアを取り除くための対応を求められた場合、行政機関や事業者は、過重な負担とならない範囲で合理的配慮を提供することが義務づけられています。大学や専門学校などの教育機関も、この考え方を踏まえて障害のある学生への対応を行う必要があります。
「配慮」というと、「気遣い」とか「思いやり」といった言葉を連想するかもしれません。
しかし、障害者差別解消法でいう「合理的配慮」は、単なる気遣いや思いやりとは異なります。障害のために、他の学生と同じように授業・試験・学生生活上のサービスなどを利用することが難しい場合に、学生からの申し出を受けて、大学側が過重な負担のない範囲で環境を調整することを指します。
例えば、先ほどの履修登録での話でいうと、同時並行的な作業が苦手で相談を自分からしない学生に対しては、早い段階で支援担当者が相談対応をして、その学生が履修すべき講義を一緒に考えたり、図に示すことで理解を容易にしたり、履修登録の期限や手続きについて可能な範囲で調整したりといった合理的配慮(=環境調整)が考えられます。
ただし、合理的配慮は、その学生を特別扱いするということではありません。また、本人の代わりに周囲が何でもやってあげることでもありません。
他の学生が特に問題なくできていることに対して、障害があるために大きな負担があれば、それは平等にサービス等が利用できる環境が確保できていないので、利用については、他の学生と同じようにできるようにするというのが、合理的配慮の考え方です。
環境が整えば、その先は学生本人が授業に取り組み、課題を提出し、試験や評価を受けて単位取得を目指していくことになります。
なお、合理的配慮による「環境調整」は、学業の本質にかかわる部分の変更はできません。たとえば、単位認定の基準そのものを下げることや、卒業要件を例外的に満たしたことにすることは、合理的配慮として認められるものではありません。
「甘え」ではなく、学びへの入り口
合理的配慮について考えるとき、ときどき「それは甘えではないか」「社会に出たら通用しないのではないか」という見方が出てくることがあります。
しかし、大学での配慮は、学生を社会から遠ざけるためのものではありません。
むしろ、自分の特性を理解し、どのような環境で力を発揮しやすいのか、どのような工夫が必要なのかを学ぶための機会でもあります。
社会に出た後も、すべてを一人で抱え込むことが求められるわけではありません。
働く場面でも、報告・相談の仕方、業務の進め方、情報共有の方法などを調整することで、力を発揮しやすくなる人は少なくありません。
大学生活の中で合理的配慮について考えることは、将来の自立や就労に向けた準備にもつながります。
また、合理的配慮を考えるうえで大切なのは、本人主体であることです。
合理的配慮は、基本的には本人の困りごとや希望を出発点にして、大学との対話の中で考えていくものです。学校側が一方的に決めるものでも、保護者が本人を置き去りにして求めるものでもありません。
親が合理的配慮に関してできること
先ほど述べたように、合理的配慮は基本的に本人が大学側に求めるべきものです。
子どものことが心配なあまり、あるいは、高校までと同じ感覚で、親が直接大学に合理的配慮に関する対応を求めたとしても、大学側からは、学生本人による申し出が必要と言われることが多いでしょう。
親としては、本人が何に困っているのかを見極めて、それが環境調整により乗り越えられる性質のものであるならば、本人に合理的配慮の検討を促し、必要であれば、初回の相談は一緒に行くといったところが、協力できる範囲ではないでしょうか。
また、合理的配慮の申請に際して、主治医の診断書や意見書を求める大学もあります。診察の場で、本人が大学での困りごとを医師にうまく伝えられるように、事前に課題を一緒に整理しておくことは有効です。
また、大学側から、高校までに受けていた支援や配慮について情報提供を求められることもあります。そのような場合に、過去の支援内容を文書化して整理することは、保護者が担いやすい役割です。
大学側との面談が本人だけで大丈夫なのか、という気持ちになられる方もいらっしゃるとは思いますが、就職後は、大学時代以上に、本人が自分の困りごとを説明し、必要な調整を相談していく場面が増えていきます。大学時代はその練習の時期でもあります。保護者は、本人の前に出すぎるのではなく、本人が相談に向かえるように後ろから支えることが大切です。
発達障害のある大学生の親が本人の自立のためにどう向き合うのが望ましいかについては、私の著書で力を入れて書いた部分です。
コネクトユーが大切にしていること
コネクトユーでは、発達障害のある学生の困りごとを、本人の努力不足として片づけるのではなく、本人の特性と環境との関係から考えることを大切にしています。
合理的配慮は、学生を特別扱いするためのものではありません。
また、本人の課題をすべて周囲が引き受けるためのものでもありません。
学生本人が、自分の特性を理解し、必要な支援を使いながら、自分らしい進路や生活を考えていくための土台です。
大学生活でつまずいている学生にとって、必要なのは「もっと頑張りなさい」という言葉だけではありません。
何に困っているのかを整理すること。
使える支援や制度を知ること。
自分に合った工夫を試してみること。
そして、必要なときに相談できる関係を持つこと。
その積み重ねが、学び続ける力や、将来の自立につながっていくと考えています。
コネクトユーでは、学生本人や保護者の方と一緒に、大学生活での困りごとを整理し、必要な支援や相談の進め方を考えています。



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